誰かに求められる形にフィットしていく。

ーあなたにとってトレーナーってどんなひとですか?
そうですね…「選択肢を与えて今後を見据えてくれる人」ですかね。
自分が過去に出会ったトレーナーさんがそんな方だったんですよね。高校2年生で進路相談をしなきゃいけない時期に、最初は体育の先生になって部活の顧問をやりたかったんですけど、当時、すごく勉強ができなくてめちゃくちゃ馬鹿だったので、そのままだと大学に実力で入れなくて。
他の方法で入るなら体育推薦しかないと思い、ソフトテニスのインターハイの個人戦に出場を目標にしていたのですが、出場をかけた試合で負けちゃったんですよね。
出場できなくなってしまったので、「じゃあ何やろう、どうしよう」となった時に、専門学校に行って理学療法士になろうと思ったきっかけがそのトレーナーさんだったっていう感じです。
最初トレーナーも理学療法士も考えてなくて、母親が看護師なので「理学療法士になるのがいいんじゃない」と言われてたんですけど、病院で働く人のイメージで。
同時期にそのトレーナーさんに理学療法士の相談をした時に「今の時代、トレーナーや理学療法士はめちゃくちゃ強いし、自分が国家資格を持っていなくて苦労したから、そうはなってほしくない。小林さんは絶対いいトレーナーになれるから、国家資格を取って、実力も人としてもいいトレーナーになってほしい」と言われて、自分自身を認めてもらえたというか、そう言ってくださって嬉しかったですね。
ートレーナーを志すきっかけとなったトレーナーさんから勧められて今のキャリアを切り開いているんだなってすごく納得しました。
国家資格となると勉強は大変だったんじゃないですか?
めちゃくちゃ大変でした。勉強ができなくて、義務教育の内容が全くできなかったので。理学療法学科に入って1年目に基礎英語や物理学があるんですけど、その点数が本当に低くて。でも運動学や解剖学などの専門知識のところは学年トップクラスだったんです。
自分が好きなことは何回でもできるんです。1回やって頭に入らなくても、好きだから2、3回同じことやってやっと覚えて、それが身になるという感じが昔からありました。多分それが専門でも出たのかなと。人の2、3倍勉強しないと人とみんなに追いつけないというのを今までの経験からなんとなく分かっていたので、めちゃくちゃ勉強しました。
ーそこまで勉強を頑張れたのはなぜですか?
母親が看護師だということや医療ドラマが好きというのも影響は大きくて、人の体のこととか、運動学や解剖学、病院の疾患のことなどをやっていくのがすごく楽しかったのを今でも覚えています。
漠然と医療系にいくんだろうなぁと思っていて、それが看護師なのか理学療法士なのかなぁって感じで。その時はトレーナーっていうのはほとんど考えていなかったですね。昔から自分に意志がなくて周りから言われるがままにこの道に進んできたって感じなのですが、周りから求められていることに応えたいって想いの方が強くてそうなっているのかもしれません。
家にいることより学校や友達と過ごしている時間が長かったのもあって、友達や先生から認められることにとても喜びを感じたのを覚えています。
ー理学療法士としてのキャリアをスタートさせた小林さんについて、当時心に残っているエピソードなどはありますか?
整形外科クリニックで理学療法士のキャリアをスタートさせたんですけど、私自身が最初のが新卒採用だったようで。主任が20年以上のベテラン、次が16年目、その次が12年目で、その次に私がだったので、教育制度も何もない状態からのスタートでした。というのも専門学校の実習時にお世話になったクリニックにそのまま就職したので、ある程度知ってる状態だから主任も「まあいけるだろう」みたいな感じで何もなかったんです。
ーすべてにおいてチャレンジの場所だったんだね。当時を思い返して何かターニングポイントとなり、今に生きているなと感じることはありますか?
病院に新卒で入って初めて担当した新患の方の話なのですが、その方は50代の男性の方で、クリニックで働き始めた初日に新患で来た方です。今までも整形外科や治療院に通っていていても治らず、本人的にはサッカーやサーフィンをやられている活発な方で「続けたいけど膝が痛い」という方でした。
純粋にその患者さんの求めてくださっていることに応えたいという気持ちでずっと取り組んでいたのですが、最終的に私の力だけではその患者さんを改善に導くことができませんでした。私の元を離れるかなと思ったんですけど、この患者さんは私がクリニックを異動しても私を信じてついてきてくださったんですよね。
ーそうだったんですね。異動先にも小林さんを信じてついてきてくださったこの患者さんは何を小林さんに期待していたと思いますか?
私自身がこの患者さんの膝をなんとか良い方向に導きたくて、色々(理療や手技)を試したからだと思います。文献を読んだり、テキストを読んだり、いろんな人に話を聞いて「こういうのを聞いたんでちょっと試していいですか」とか、何か変えたい、人を良くしたいという思いが伝わったのかなと思ってます。
1人じゃ無理だし、限界がある。情報収集するにも勉強するにも、自分だけだと見えてる世界が限られちゃうし、他の人はもっと見えているし知識もある。ひとつのものに対する考え方も違うので、他の人の意見を聞いてそれが自分にとって良いか悪いかは後から判断すればいいかなと思っています。
途中からはシンプルに私と対話をしに来てくださっていたという要素はあったと思います。その方は独身でお母さんと2人暮らしだったんですけど、家以外で誰かに息抜きに話せる時間が貴重だったみたいで。
ーその方にとっては小林さんが拠り所で、かかりつけてくれる存在だったんですね。
最後の出勤の日も「最後の患者さんとして小林さんの予約枠を取りたい」とおっしゃっていただいたり、最終日に手紙ももらいました。「結局膝は手術して維持ぐらいで収まっちゃったんですけど、通い続けられたのはまっすぐに向き合ってくれた小林さんだったからです」と。自分が辞めるってなった時に、その人もついに辞めるって言って。一緒に卒業する形になりましたが、この言葉をいただけたことは何よりも嬉しかったことでしたね。
ーご自身の成長において、自分がどうなりたいかではなくて、誰かに求められている形に自分がフィットしにいくことによって成長に繋がっているんですね。
みんなの笑顔のために。100%で向き合い続ける理由。

ー小林さんが「相手から求められたことに応えよう」と自然とできるようになった周りの環境ってどんな感じだったのでしょうか?
蓋を開けてみたら似てる友人知人が集まってきた感じです。変わり者が多いですけど、みんないいやつです。今までを振り返るとそのみんなが私を支えてくれて生きてきたんだなぁと思っているし、だからこそ何かを返せる・与えられる人になりたいって思うようになりました。
ーこれって小林さんの人となりや醸し出している優しさ、相手に自然と「何かを返したい、与えたい」という思いが相手に伝わっているからこそ周りの人も「この人(小林さん)には何かしてあげたい」と思わせているんだと思うのですが、どうでしょう?要はお互い様で、互い支え合っているのでは?
あまり自分が自然とできているっていう感覚は全くないです。本当に親面した友人がいっぱいいるんです、みんな同い年なのに。
ートレーナーのスキル以外で不可欠な要素に「コミュニケーション力」というように答えてくださっているのだけど、なんでコミュニケーション力が必要だと思いますか?
現在THE PERSONの4店舗の店舗責任者を任せていただいているのですが、他のエリアマネージャーや店舗責任者に「どうやって回してるのか」を聞いて学んだり、自分が動けないときはメンバーに任せちゃったり、見れないところは「見れないので、任せたいです。何かあったら言ってください」という感じでコミュニケーションを取っています。
担当しているエリアや受け持つ店舗数が増えたことで確実にコミュニケーション力が上がったと思っています。
また、今の仕事は対人接客業なので、いくら知識があって腕が良くても、そこが欠けると信頼関係が構築できないし、信頼関係がない状態でやっても無駄だなって思っちゃうので、一番そこが大事かなと思います。今はまだまだお客様との信頼関係を全員と築けているわけじゃないので、自分の接し方や自己開示などを工夫しながら関係構築をしていかないとなぁと思っています。ただトレーナーとして人の前に立つ以上、自己開示は逃げられないステップだとは思うので、相手の話すことに対して全肯定をすることでもしかすると心理的安全性を担保しているのかもしれません。
ー唐突な質問になりますが、自分自身のことを「好き」だと言えますか?
率直に言えば、「好きになりたい」というのが今の正直な気持ちです。そう思えるようになれたらいいな、と強く願っています。実は20代前半くらいまで、自分の家庭環境やプライベートな内面については、ほとんど口を閉ざしてきました。「かわいそうな人だと思われたくない」という防衛本能が働いていたからです。誰かに話したところで、それが相手にとってプラスになるわけでもない。そんなふうに、自分を隠して生きる期間が長くありました。

今は、「どの部分を開示するか」を選べるようになりました。完全に自分を好きでいる必要はないのかもしれません。大切なのは、自分の中に葛藤があったとしても、それを少しずつ開示しながら、相手と人間味のある関係を築いていくプロセスそのものなのだと、最近ようやく気づき始めました。トレーナーとして人の前に立つ以上、自己開示は逃げられないステップなのだろうなと思います。
ーなるほど、自己開示というフレーズが出てきたけど、小林さん自身は周りから「意志がない」と言われたり、ご自身のことを「イエスマン」と表現してくださっているのだけど、これってどういうことですか?
自己開示については、自分の家庭環境やプライベートな内面については、ほとんど口を閉ざしてきました。「かわいそうな人だと思われたくない」という防衛本能が働いていたからです。自分の話を言って相手にとって何かプラスになるのであればいいんですけど、相手に自分自身の話をするとマイナスにしかならないから話さないんです。もちろん「意志がないこと」をあまりポジティブに捉えていないのですが、人に迷惑かけてないのであれば、まあいいかなみたいな感じではあります。
ー相手のことを思うからこそ、相手も同じように返してくれる、そんな関係値が作れてることが素晴らしいですね。どうしてそこまでできるのですか?原動力をお聞かせください。
大切な人たちの皆の笑顔が見たいからですかね。学生時代、家にいる時間よりも友人と一緒に居ることの方が多かったので、自分のことを認めてくれる人たちに支えてもらえてきたので100%応えていきたいと思っています。
とにかく笑っていてくれていることが好きだからですね。みんなの笑顔が見れるなら朝から晩まで動けちゃいますね。
日常に溶け込む運動と、誰もが自然に繋がれる場所。

ー少し未来の話をしていきたいと思います。
ひとりのトレーナーとして、社会に対して還元できることや、どのようなことで社会から求められていることに応えていけるのか。
病院に頼りすぎず、運動することが当たり前になったらいいなと思っていて、今だったら「朝ラン」とか「朝活」とかが普及していると思うのですが、なんか特殊というか当たり前にできている人の方が少ないと思ってて。毎日歯を磨くのが当たり前のように毎日運動をしていることが当たり前の環境になっていったらいいなぁと思っています。
子どもをお持ちのお母さんが当たり前に運動習慣を持っていれば、そのこどもも自然と運動することが当たり前になると思ってるんですよね。そういう環境をつくっていきたい。
今はスマホで社会との繋がりを感じている人が多い中で、もっとオフラインで社会との繋がりを創ったほうが心身ともに何か変化を与えられるんじゃないかなぁって漠然と思っていて。
ー今後のキャリアの話に付随して質問なのですが、整形外科という領域からなぜキャリアチェンジをしようと思ったのですか?
自分が一人の患者さんを大切にできない環境だなと、限界を感じるようになったからかなと思います。整形外科の方針により、より多くの患者さんを回さないといけないモデルになっていったときに、一人の人と向き合う時間が減っちゃうのが個人的にすごく嫌だったんです。それをやるくらいだったら整形外科辞めますって3回くらい院長先生と揉めましたね。
辞めてしまうことで患者さんが困ってしまうということも分かっていたのでとても悩んでいたところにTHE PERSONからお声がけをいただいたという流れです。
ーなるほど!ちなみに今後ご自身でこんなトレーナーを目指したい、どんな形で価値を創りたいかなど考えはありますか?
まず自分自身がトレーナーとして人から感謝されるようなトレーナーになりたいと思っています自分が今まで人から助けてもらってきて感じているのが、助けが欲しいけど声になっていない状態の人や動けていない人に対して自然と助けられる人になりたいなぁと思っています。
例えば、パーソナルトレーニングジム兼整体をやってみたいと思っています。
ー間違いなく小林さんの人柄に皆さん集まってきてるのだと思うのですが、なぜ支え合える人たちに囲まれているのでしょうか?
相手の話を聞くし、その人のことを全肯定するからだと思っています。
会話をしている中で相手の考えに対して意識的に「確かに」や「まさに」という言葉を使っていて今は口癖になっている気がしています。
実はたまたまライブで知り合った人と10年来の友達なのですが、いつかみんなで「カフェ兼トレーニングジム」を創りたいって話もずっとしてて。ちょっと一息つけるところもできるし運動習慣もサポートできるからこんなのも友達と話したりしているので夢は広がる一方です。
ー普段何も考えていないですとお話する小林さんですが、自然と周囲の大切な人に愛を伝えることができる人で、愛を受け止める寛容さのある人だと感じる素敵な時間となりました。






