「健康に生きる」ことは多くの人が叶えられる
だからこそ一人の人を思い、寄り添う
TRAINER 儀間 禎平Yoshinari Gima

Be THE PERSONは「健康」や「運動」をキーワードに、THE PERSONをご利用いただいている「トレーナー」「ユーザー」「ジムオーナー」の皆さまに、生まれてからの経験、どんなことに豊かさを感じて変化してきたのかなど、サービス名でもある「たったひとりのあなた」らしさを形成する考え方や生き方を取材するマガジンです。時には自己紹介として、時には未来への宣言として、時には仲間を見つけるきっかけとして、私たちのありのままをお届けします。
「トレーナーというよりかは、人としての使命感ですね。」ーそう話すのは、THE PERSONのトレーナー、儀間禎平さん。友人の死を経験してから、命について向き合う時間が増え、健康に生きられることへの幸せを感じながら、多くの人の健康をサポートしている。
一人ひとりの思いに寄り添いニーズを引き出しながら、多くの人が「健康に生きる」ことを叶え、広めるために活動し続けている儀間さんが今思うこと、そして今後の展望についてお話を伺った。(この記事は2021年に製作されたものを再編集してお届けしております)
Contents
“2つの場所を通して学び、選んだトレーナーへの道”
―小さい頃から運動は好きだったんですか?
小学生くらいまでですね。笑 小学生では野球と、姉の影響で合気道をやっていました。中学生からは、部活に入っていたので楽しむというよりかはやるべきことをやる、という感覚になっていたような記憶があります。
―その後高校生まで野球を続け、専門に進まれたのでしょうか?
高校を卒業して東京スポーツレクリエーション専門学校(以下TSR)に2年通い、卒業したタイミングで鍼灸の資格が取れる花田学園に入り、3年間通った後にフリーで活動を始めました。
4年生の大学へ行くことも考えていたのですが、自分自身部活をしていた時に怪我もしましたし、トレーニングも好きだったので、将来スポーツに関わる仕事がしたいと思って調べていたところ、トレーナーという仕事を見つけ、それなら2年間で学べた方がいいのではと思い専門に進むことを決めました。
―TSRでの2年間と、鍼灸の花田学園に行かれていた3年間の学びは、儀間さんにとっていかがでしたか?
TSRでは、日本代表についているような先生の元で学べたので、リアルな声を聞けたというか、学びの多い期間だったなと思います。今でも繋がっているような、素敵な人たちに出会えたのも良かったと思っています。
一方で、花田学園に入学した当初はスポーツに特化した人が多いかと思っていたのですが、実際はそうではなく、東洋医学などの医療系の専門学校というか、お堅い専門学校という感じでした。高卒の人から60代までの幅広い人が集まる場所なんだと知り、いろんな勉強ができた3年間だったなと思います。
TSRの時は同い年の人が多かったのですが、鍼灸では前後の年齢の人がいたことによって、自分の立ち位置を客観的に知ることができたなと思います。
“現場のリアルな声を聞けることの楽しさ”
―それはどういった面での立ち位置なのでしょうか?
年齢においてもそうですし、仕事としても、ですね。
身体の勉強をしてこなかった人たちが大半だった中で、自分は既に勉強していたし、病院でも勤務していて、周りより先に現場に出ている状態ではあったので、これまでの2年間がこういうところで役立っているんだな、と感じることができました。現場と教科書上での勉強の照らし合わせができているというのは、3年間を歩む意味では良かったなと思います。
―学びを進め、現場の良さや難しさなど色々あった中で、それでも現場に出てトレーナーの道に進む選択をした決め手は何だったのでしょうか?
そもそもスポーツ現場に行きたい、トレーナーになりたいと思っていたので、昔からその選択肢以外なかったんです。そこへの考え方はブレていないですね。
僕が卒業したタイミングでは、今行っているTHE PERSONのジムシェアリングの仕事もなかったので、最初は現場へ行き、選手をはじめ色んな人と会話をしている中で、リアルな声を聞けることが楽しいと思っていました。僕はきっと人に関わることが好きなので、今でも現場に居続けているんだと思います。
“命に変えて色々なことを教えてくれた、友人の存在”
―儀間さんは、客観的に物事を俯瞰して見ていらっしゃったり、感情がいい意味でブレない印象を受けたのですが、それは昔からなのでしょうか。
意外とそうなのかもしれないですね。今の僕の感覚や姿勢は、花田学園の時の同級生が亡くなってから人生を深く考えるようになったことがきっかけだと思います。
―ご友人との関係はどんな感じだったのでしょうか?
年齢は2つ上で同じトレーナーをしており、色んな話ができて一緒に勉強会へ行くほど仲が良かったです。頼れる先輩というか、友人ですね。卒業したらお互い色々経験をしてもっと色々なことを共有していきたいなと思っていたので、すごく寂しいなと思っています。
卒業して一年経った頃に鼻の癌になってしまい、見つかった時には遅く、一年ほどの闘病の末亡くなってしまいました。自分が癌に向き合っていること自体ショックだったらしいのですが、途中から頑張ろうと意識が変わったようで。そういう姿を見続けた先に、生きることの素晴らしさを感じられたことが自分の中で大きかったですね。生きていること自体、やりたいことをやれているということが幸せだと感じるようになり、辛い時でもポジティブに頑張ることの大切さを教えてくれました。
昨年友人の実家へ行った時にご家族と話していたら、闘病中辛かったにもかかわらず、本人はポジティブに頑張っていたようで、どんな時も前向きに頑張る人なんだと改めて知ることができ、自分の思い描いていた人物像と同じだったのは嬉しかったですね。命に変えて色々なことを教えてくれた友人だと思っています。
―その経験から、人生においての考え方が変わったのですね。
“一人ひとりの発言の裏側にあるものを汲み取る”
―なりたいと思い描いていた職業に就き、実際に仕事として現場に出て感じたことや、改めて思ったことはありますか?
選手がみんな、割と自身の体に対して意外と意識がそんなに高くないんだなと思いました。笑
もっとやれば伸びると分かっているのに、なんでやらないんだろうという疑問があります。スポーツだけでご飯を食べられている人はとても意識が高いけれど、そうでない人との意識の差が出ているなと思いました。一方で、高校生でも意識高くやっている人はいるし、自分の置かれている状況を理解してるかどうかで、こんなにも人の気持ちって変わるんだというのは、現場にいてすごく感じますね。思いにばらつきがあるし、逆にばらつきがない集団が強いんだと思います。
―そういう場面でのトレーナーの役割や存在意義って、儀間さんの中ではどのように考えていらっしゃいますか?
監督やコーチは強いことを言ったり怒ると思うのですが、僕たちは選手の発言の裏側に何があるのかを気にかけるようにしています。そこが間に入っている人間の役割だなと思っているので、そこを拾い上げるというところは意識してやっていますね。
―選手の意識にばらつきがあったり、なかなか目標に届きにくいとなった時に、監督と選手の間の役割として、選手にどのようにアプローチをされているのでしょうか?
年代によっても色々変わってはくるのですが、モチベーションが低かったり調子が悪かったりと、何かに悩んでいる人の方が不平不満が出てくることが多いので、そういう時にはなんでそういう言葉が出てくるんだろうというところを一緒に考えるようにしています。
“「一人の人を思い、よくする」ために大切なこと”
―お客様から「綺麗になりたい」などの抽象度の高い目標が出てきた時に、そこを深掘りするコミュニケーションや目標の細分化が上手だなと感じるのですが、そこには経験が生きているのでしょうか。
これまでの経験もあると思います。抽象度が高い言葉って業界的に沢山いただくご意見ではあるのですが、目標は何かしらあるはずで、目標がないと誰かにお願いすることってないと思うんです。
自分の声だけで終わるのではなく、お願いしてくるのには何か理由があるはずなので、そこをきちんと拾い上げ、汲み取っていかないといけないと思っています。ただマニュアル通りに進行していると、いつかマンネリが起きると思います。
その言葉の裏側に何があるかによって私たちの提案の仕方も変わるし、生活のほとんどである、トレーニングの時間以外のところで何ができるかという提案や質問、会話を沢山することで、一人一人に合ったものに自然となっていくし、「一人の人を思い、よくする」というところで、単純に、やらなきゃいけないことだと思っています。
―それはトレーナーとしての使命感なのでしょうか?
トレーナーというよりかは、人としての使命感ですね。
仕事じゃなかったとしても、多分同じことを聞くと思います。その人が助けを求めていて、僕にできることがあればやるし、それが『自分としては普通』って感じです。
―フリーからTHE PERSONを運営するstadiumsにジョインしたきっかけは何だったのですか?
グループパーソナルをstadiumsとしてやっていくことになった時に、自分たちでやっている時から続いているお客様がいましたし、入る前から「健康に生きる」というところは自分の経験からもずっと大事にしていきたいことであり、多くの人が叶えられる状態にしたいとはずっと思っていたことなので、それを広めたいと考えた時に、そこにTHE PERSONがあったという感じです。
チームでやることが好きなのでみんなが集まってできる場所だったり、現在色んな店舗があることによって実際できている感覚はあるので、グループパーソナルを広める意味では必要なことだと思っています。いいステップができたら他のメンバーも動きやすいと思うので、そこに対しては惜しみなくやろうと思っています。後輩が働きやすい環境づくりもしていきたいですね。
“思いに寄り添い、新たな提案をする”
―自身の経験からも色んなきっかけがあったと思いますが、今後こう生きていきたいなどの展望があれば教えてください。
ずっと思っていることなのですが、子供が好きなので、結婚して、家族楽しく過ごすという時間を作っていきたいなと思っています。
祖父の兄弟が多いこともあり、家族が一人でも多くいたら楽しいのだろうなと思っているので、将来は家族ができたら嬉しいですね。親に孫の顔は見せてあげたいなと思うし、同級生とか幼馴染たちの家族と一緒に出かけられる未来を描けたらいいなと思います。
仕事に関しては、ジムの空き時間をシェアするシェアリング事業とグループパーソナルトレーニングなどで運動を継続できる様々な取り組みを行うカルチャー事業という両軸にいさせていただいているのですが、カルチャー事業を伸ばしていきたいという大前提、シェアリング事業を伸ばしていかないことには成し得ないことなので、両方を伸ばしていきたいと思っています。また、新宿御苑の早朝開園のプロジェクトである7-9PARKのプレスリリースを書いた時に、全く別ジャンルの人に出会って衝撃を受けたので、広報的なこともやっていきたいなと思っています。あとは、長い人生かけて針を打っていけたらいいなと思っています。
―儀間さんにとって、いいトレーナーとは?
“人の想いをきちんと汲み入れて、新たな提案ができる人”ですね。
自分の目線だけでなく、相手の意見も聞いて、そこに対して僕らができることを提案し、もし間違っていたら、きちんと向き合って提案できることが大切だと思います。
一人一人想いが違うのは当然だし、そこにきちんと寄り添うことが大切だと思います。
様々な経験をし、一人ひとりにきちんと向き合い、寄り添い続ける儀間さん。トレーナーの前に、一人の人として大切なことを教えていただいたような気がします。友人の死を経験し、命に向き合い、生きていること、健康でいられることへの喜びをより大きく感じているからこそ、目標を持ってやってきてくれる人たちの言葉の裏側にある本当の思いまで気にかけ、汲み取ることができるのだと思います。「健康に生きる」ことは多くの人が叶えられる。ブレずに挑戦し続ける儀間さんに、今後も目が離せません!
Profile
儀間禎平(ぎま よしなり)
東京出身、東京育ち。小学生頃から野球や合気道、駅伝、バスケなど、様々なスポーツを経験。
高校生の頃、スポーツに関わる仕事がしたいと思いトレーナーを志し、専門学校へ。これまでに、駒澤大学高等学校サッカー部、山手クリニック運動療法、聖光学院野球部でトレーナーとして活動。現在はstadiums株式会社にジョインしジムのシェアリング事業、トレーニング事業などに携わり、プロのアスリートサポートから一般のお客様のトレーニングセッションなど多岐に渡って活躍。
保有資格
日本体育協会アスレティックトレーナー
鍼灸あんまマッサージ師
<取材・編集=山本真奈(@maaaaa7a)/ 文=藤井由香里(@yukaringram)/ 写真=藤井 翔太(@efgshota)>
ワード
花田専門学校
花田学園専門学校は、鍼灸師、柔道整復師、アスレティックトレーナーを育成する専門学校。柔道整復師や鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師など、治療やスポーツの現場で活躍する人材を多く輩出しています。
7-9PARK
新宿御苑で開催されるプロジェクトで、地域の運動文化とコミュニティを創出することを目的としています。通常、開園前の新宿御苑に「朝の2時間だけ」登場し、ヨガやランニングなどのアクティビティや、手作りスイーツの販売、英会話レッスンなど、さまざまなイベントが開催されます。
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